「グラフィックノベル」としてのマンガ

『Publishers Weekly』の「Comics Week」を読んでいて青林工藝舎『アックス』のアメリカ版発売のニュースを知った(発売元はTop Shelf)。先週届いたアマゾンでも買えるようになった『The Comics Journal』#292林静一『赤色エレジー』のアメリカ版(こちらの発売元はdrawn and quarterly)のレビューとあわせ、けっこう複雑な気分になる。
以前アメリカでのアニメの受け入れられ方についてこんなことを書いたことがあるが、これとほぼ同様の「クリティカルな「評価」とコマーシャルな「人気」が分裂したかたちで並存する」環境がマンガについてもほぼ完成しつつあるのではないかと思ったからだ。
もちろん、こうしたクリティカルな「評価」による日本マンガの紹介はこれまでにも存在していた。90年代はじめにはアート・スピーゲルマン一派によって『RAW』で水木しげる丸尾末広の作品が紹介されており、以前田中秀臣さんが触れていた辰巳ヨシヒロなどはおそらく日本国内より欧米での評価のほうが高い。
こうした批評的な「評価」の高い作品の紹介はもともとVizがやってきたようなコマーシャルな作品の紹介とは一線を画したかたちでおこなわれてきており、はじめから分裂しているといえばいるわけだが、ここ最近のこうした動きがある種の重要性を持つと思うのは、今夏の講談社USAの発足によって日本マンガの「コマーシャルな「人気」」の部分のほうをビジネスとして囲い込む環境がほぼ完成したといえるからだ。
いうまでもなく現在のVizは小学館集英社という日本のマンガ出版最大手二社の合同出資子会社であり、今年はスクエア・エニックスと専属契約したYen Pressというパブリッシャーが半分がスクエニ系のアニメ化作品の翻訳、半分がオリジナル作品という『Yen+』という雑誌を創刊するという興味深い動きもあった。講談社もこれまでランダムハウス講談社の関係からほぼ独占的にランダムハウス傘下のDel Reyに版権をおろしてきているのだが、今回の現地販社立ち上げによっていよいよ日本の大手マンガ出版社のアメリカでの版権はよりはっきり系列化されガチガチに固められることになる。
実際に90年代のマンガ出版に大きな役割を果たしたDark HorseTOKYOPOPは軒並みマンガ出版ラインの規模を縮小しており、サブプライム問題に端を発する不況や大手出版チェーンBordersの倒産騒ぎなどの影響もあって、今後はここ数年右肩上がりで成長し続けてきたアメリカにおける日本マンガ出版全体の成長が止まり縮小傾向になるだろうと予想されている。
こないだ夏目房之介さんのゼミで聞いた椎名ゆかりさんのお話によればそうした中で注目されているのが「グラフィックノベルとしてのマンガ」なのだという。このとき椎名さんはVERTICALの一連の手塚治虫作品(『ブッダ』、『きりひと賛歌』、『MW』など暗くて重い作品が多い)の翻訳の成功を例に挙げ、現在の新書版ペーパーバックスタイル(TankobonもしくはDigestなどといわれるフォーマット)ではなくグラフィックノベル(この場合は出版フォーマットとしての大判のトレードペーパーバック)としてマンガに活路を見出せるのではないかという声がアメリカのマンガ出版関係者のあいだにあることを紹介していた。
その戦略の可否は置くとして、ここでいう「グラフィックノベルとしてのマンガ」はどう考えても内容的には「クリティカルな「評価」」の方向を志向するものであり、ライセンス管理の系列化がここまで進んでいる以上アメリカのパブリッシャーにとっては事実上その方向しか選択肢がなくなってきているのだともいえる。