「マンガ批評の新展開」の話

 知ってるひとは知っている話で、この箱の中味を書いているのは小田切博とかいうひとなのだが、その人物が寄稿したので届いた『ユリイカ』6月号「マンガ批評の新展開」をざっと読んだら一冊全体で「表現論vs社会反映論」という図式のある特集になっていて、無責任にも「うへぇ」と思った。

まずこの特集巻頭に付された泉信行夏目房之介との鼎談「マンガにおける視点と主体をめぐって」で宮本大人は2006年1月の『ユリイカ』での特集「マンガ批評の最前線」以降「マンガとマンガ表現の外部を関連付けて論じましょうという流れが強かった」といっている。だが、実際には2006年以降出版されたマンガ関連の書籍で「マンガとマンガ表現の外部を関連付けて論じましょう」というコンセプトの本だと明確にいえるのは私自身の『戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌』NTT出版、2007年)と永山薫昼間たかし『マンガ論争勃発』(マイクロマガジン、2007年)の二冊くらいである。宮本自身が「表現論」だという伊藤剛の新著だけでこの間二冊出ているのだから、なぜ「強まった」といえるのか単に理解に苦しむ。また、宮本はこうした動きの一例として「腐女子・BL」への関心なども挙げるのだが、これはもっとバカげた話であって、そんなことをいうなら90年代以降延々存在するおたく論の系譜はどうなるのか?
宮本はこの鼎談でじつに繊細に定義したうえで「表現論といえるのは夏目・伊藤ラインだけ」的なこともいっているのだが、いっぽうでこの間「強かった」という「外部との関連」を論じる言説の扱いはこのようにおそろしくぞんざいなのである。

いっぽう、これとは逆に杉田俊介福満しげゆき、あるいは「僕」と「美少女」の小規模なセカイ」は「反映論」的な立場から「近年のマンガ批評の傾向」を批判する。
杉田は伊藤剛『マンガは変わる』青土社、2007年)のサブタイトルを引きつつ以下のようにいう。

 「マンガ語りからマンガ表現論へ」というのが近年のマンガ批評の傾向らしい。これまでに表現論がなかったわけではない。竹内オサム『マンガ表現学入門』([2005])の巻末をぱらぱらとめくると、文学や映画に比べればまだ未開拓にせよ、それなりの分量の文献が蓄積されてきたと分かる。特に一九九〇年代半ば以降は、夏目房之介[1996]や四方田犬彦[1994]、また夏目+竹熊健太郎編著[1995]などの基礎文献が出揃い始める。スコット・マクラウド[1998]も翻訳される。最近では竹内オサム[2005]、伊藤剛[2005][2007]、イズミノウユキ[200711][2008]などが重要な達成だろう。アニメ表現論として黒瀬陽平[2008]もある。
 しかし、やや訝しく思う点がないではない。「内容から表現へ」「印象批評から科学へ」という面を重んじるあまり、マンガにまつわる政治性や批評性が奇妙につるりと剥ぎ取られている。それは竹内が言う「九〇年代以降のマンガ表現論への不満」とも関わる。科学や中立を装った何か奇妙なナイーブさが蔓延している。自己完結した初期設定の下で、ひたすら経験値を上げるRPGのような議論。その屈託のなさを、ぼくは時に不気味に思う。素朴な印象批評・社会反映論・イデオロギー批評に戻れ、と言いたいのではない。重要なのは、たとえばロシアフォルマリズムが典型的であるように、形式の中に染み込んだ社会性・政治性の水準を見ることではないか。(引用者注:原文では強調部が傍点)
(「福満しげゆき、あるいは「僕」と「美少女」の小規模なセカイ」、杉田俊介、『ユリイカ』2008年6月号、青土社刊、2008年、91〜92P)

 一読すればあきらかなように、杉田は宮本とは逆に「近年のマンガ批評の傾向」を「表現論」の側に集約したうえでその傾向を批判している。しかし、奇妙なことにこの点は宮本と同様に「表現論」がマンガ批評の主流である根拠は「らしい」という言明の他には示されない。
 つまり、この特集は状況論として相矛盾するどころか真逆の観点が同時に提示され、しかも双方その根拠がきわめて怪しいという困ったことになっているのである。

ふたつのモーメント

でまあ、ここまで書けばおわかりだと思うが、私はこの特集で結果的に構築されている「最近になって表現論と反映論の対立が起きてきた」というプロレスでいう「アングル」はまったく根拠のない無責任な虚構だと思っている。それが短絡的、もしくは素朴であるか否かにかかわらずマンガを語る言説のモーメントとして表現論と反映論という対立軸は潜在的にずっと存在してきたといえばきたし、そんなものはないといえばない。
 このことに関しては「マンガ批評の部外者」として発言している東浩紀伊藤剛との対談「マンガの/と批評はどうあるべきか?」のなかで非常に明快なかたちで示してくれている。

東 それもまた、マンガ批評というよりも批評一般の話ですよね。表現論対反映論というのは、つまり、記号の内的な構造に注目するか記号とその外部(現実)との関係に注目するかという対立です。いわゆるポストモダン派は、ひとことで言えば、記号と現実の関係はきわめて疑わしいのでまず記号の構造を見ろ、と言った。というわけで、『批評空間』派は加藤典洋浅羽通明宮台真司もみな一緒くたに評価しなかった。しかし、九〇年代後半にポストモダン派のヘゲモニーが崩れて、今度は反映論的なパラダイムばかりになった。批評は現実を掴むものという理解が拡がり、、それがいまでも続いている。マンガ批評もそういう大きな流れから無縁ではないということでしょう。
(「マンガの/と批評はどうあるべきか?」、東浩紀伊藤剛、『ユリイカ』2008年6月号、青土社刊、2008年、134P)

 東がいう「ヘゲモニー」がどちらにあるかは正直どうでもいいのだが、この東の発言で重要なのは「批評」が「記号の内的な構造に注目するか記号とその外部(現実)との関係に注目するかという対立」の中で揺れ動いていくものだ、という指摘である。
 この考え方はそのまま夏目房之介『マンガ学への挑戦―進化する批評地図』NTT出版刊、2004年)で示された鶴見俊輔石子順造石子順造石子順石子順村上知彦米澤嘉博、村上、米澤らと岡田斗司夫、岡田と夏目自身といったマンガ批評言説の連なりにそのまま適用することができる。そして、この対立構造は現時点ではそれぞれ夏目(表現論)と大塚英志(反映論)として把握することができるものだ。だからこそ大塚への批判者として表現論の側から伊藤が登場したのであり、私が先に触れた自分の著作で「反映論」であることをわざわざ謳ったのもある意味で伊藤の著書『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』NTT出版、2005年)のあとのものであることを明確に意識せざるを得なかったからだ。
 要するにこのふたつの対立は常にあったといえばあったのだし、逆に「マンガを語る」という行為を駆動するために常に並存するふたつのモーメントなのだともいえる。方法論的にまったく逆ベクトルなのだから対立はしているし、これらの言説の蓄積そのものを螺旋状の連なりと見るならばそのような対立構造そのものが「マンガを語る」言説それ自体を駆動してきたものだともいえる。当然、このふたつが並存すること自体にはなんの矛盾もない。
 問題は、このようなふたつのモーメントによって織り成される大雑把な布置自体は置き去りにしたまま、この特集の論者たちが現状におけるこの二極の「ヘゲモニー」だけを問題にしていることだ。宮本も杉田も相手こそ主流派であり、自分たちは少数派である、という仮想的な構図をつくって自分の批判(正確にいえば宮本は批判もしてないのだが)の正統性を担保しようとしているように見えるが、コマーシャルな意味でいえばそんなもんどっちも少数派であって、マンガに関する言説で「常に」主流にあるのはバイヤーズガイドやファンブックだし、研究レベルでいえば2006年以降の最大の変化であり、もっとも影響力が大きかったと思われるのは中野晴行『謎のマンガ家・酒井七馬伝―「新宝島」伝説の光と影』筑摩書房、2007年)、清水勲『戦後漫画のトップランナー横井福次郎―手塚治虫もひれ伏した天才漫画家の軌跡 』臨川書店、2008年)といった地味な評伝の出版や小学館クリエイティブによる一連の復刻などのほうである。
 そうしたプラクティカルな認識でもジャーナリスティックな視点でもなく、かといって言説史的な整理の意識もないままに「思う」「らしい」と提示される状況論にははったり以外の意味はない。だいたい宮本さんは読んでもなかったのになに考えてオレの本の影響力が強いといったんだか(w