「マンガのニュース」ではなくマンガ関連の「ニュース」

 まずアメリカのコミックシーンにおいてこの事件がどのように受けとられていたかについて確認しておく。
 正直いって私はアメリカのいわゆる「コミックスファンダム」周辺のメディアではこの件についてのまとまった論考、レポートはこのジャーナルの記事以外思いつかない。今回改めて主要なニュースサイトに「Danish Cartoon」で検索をかけてみたが、個人ブログの形式で運営されている『the Beat』と『Comics Reporter』で多少ひっかかった程度(それもたいした記述ではない)、ちゃんと確認はしてないがファン向けのコミックス情報誌『Wizard』になにか書いてあったとは思えないし、業界紙の『Comics Buyer's Guide』でも特に記述があった記憶はない(バイヤーズのほうは囲みのニュース記事くらいはあったかもしれないが)。もちろん個人ブログで触れているものはいくらでも見つかるが、この件についてはコミックス関係なく誰もがが個人として言及してるわけで、そのこと自体にあまり意味があるとは思えない。要するにこの事件は(少なくともアメリカでは)マンガに関連した「ニュース」ではあっても「マンガのニュース」ではないのだ。この点はキチンと認識しておいたほうがいいだろうと思う。
実際にこのジャーナルの記事もかなり慎重な留保をしたうえで書かれている。

 結果として本誌は世界中で知らないひとのほうが珍しいような事件をレポートするというこれまでにない立場に立たされることになった。本誌読者であればコミックスフィールドに関するジャーナルの記事では他の情報源、特にメインストリームメディアより深く掘り下げた記事を読めると考えているのではないかと思うが、この件に関しては中東にもヨーロッパにも支局があるわけでもない自分たちが、世界中で思いつく限りの角度から追及されている問題についてなにかつけ加えることができるのかと自問せざるを得なかった。
(「Cartoons of Mass Destruction: The Whole Story Behind the Danish 12」、Michael Dean & R.C.Harvey、『The Comics Journal』#275、Fantagraphics刊、9P)

 自慢話っぽくなっているのはご愛嬌だが、要するにここでディーンとハーヴェイが示しているのは、自分たちの「コミックスフィールド」に関する専門性がこの事件を論じるにあたっては必ずしもアドバンテージ足りえない、ということである。この点に関してもう少し引用を続ける。

 このような爆発的なメディアの反応の中で本誌が何かをつけ加えられるとすれば、他のレポートには欠けている時間と時間とともに得られるパースペクティブだろうと私たちは考える。単に起こったことに対する最新情報を流したり、特定のものの見方に焦点を絞ったデンマークカートゥーンについての報道は現在進行形で溢れかえっている。こっちに数行あったかと思えばこちらに別な数行。私たちはみなデンマークカートゥーンに関する記事の絨毯爆撃にあっているが、そうやって私たちが触れる情報は否応なく断片化してしまっている。私たちがここで試みているのは情報を総合して全体を俯瞰し、この出来事の概要を整理し、同時にできるだけ多くのものの見方を紹介することである。現在このカートゥーンと密接なかかわりを持った事件はようやく沈静化しようとしている、いまなら私たちはこれらのカートゥーンが出版されるに至った経緯とその後の展開についての輪郭を描くことが出来るだろう。また、それと同時に私たちはこの記事の中にカートゥーンとその後起こったことに対する出来るだけ幅広くさまざまな見方による解説とコメントを集積しようと試みた。こうした作業の結果、私たちはこの事件はそれが良質なものであれ危険なものであれ特定の思想信条をひとに伝えてしまうカートゥーンの持つ力をよく物語るものだと考えるようになった。
(「Cartoons of Mass Destruction: The Whole Story Behind the Danish 12」、Michael Dean & R.C.Harvey、『The Comics Journal』#275、Fantagraphics刊、10P)

 ここまで引用した部分は要するに前書き(この前書き部分はネット上で読める)記事本文はこのあとの部分で、以降は前述引用部で述べられているように各種メディアにおける主要な登場人物たちの発言や記事を追いながら事件自体を再構築していくレポートがこの記事におけるメインストーリーとなっている。
このメイン記事に囲み(といってもどれもけっこう長くてそれぞれ1、2ページ分くらいの分量がある)としてデンマーク人のこのカートゥーンに関する見方を集めた「Danes on the Danish Dozen」(Eric Millikin)、イスラム教徒からの反響を集めた「Muslims on the Danish Dozen」(Houria Kerdioni構成)、デンマークイスラム教徒の視点を紹介した「Danish Muslim of the Danish Dozen」(Eric Millikin)、そしてアメリカのコミック作家たちからのコメントを集めた「Cartoonist on the Danish Dozen」(Eric Millikin、R.C.Harvey、Dirk Deppey構成、これもネット上で読むことができる)が付随したかたちが記事全体の構成である。