英米の研究動向の整理

で、本来それをやっていてしかるべき人間が欧米の研究の存在すら知ろうともしないから仕方なく個人で試行錯誤を続けてきたわけだが、最近ようやく英米のコミックス研究の流れについて少しずつ目鼻がついてきた。
その重要な成果のひとつが論文での引用頻度などからアメリカでコミックス研究が本格化した90年前後に発表され、以後の研究の流れを決定付けたと思われる重要論文と目していた三冊の研究書
Joseph Witek『Comic Books as History』(University Press of Mississippi刊、1989年)
M. Thomas Inge『Comics as Culture』(University Press of Mississippi刊、1990年)
Martin Barker『Comics: ideology, power & the critics』(Manchester University Press刊、1989年)
がようやく手許に揃ったことで、これで90年ごろにアメリカでなにが起こっていたかについてようやくきちんと検討することができる。
 
アメリカのコミックス研究はコミックストリップ研究とコミックブック研究がはっきり分かれている。もちろん本によっては両方扱っているのだが、このふたつのメディアは文化的な位置付けが異なるため研究の対象と考えられはじめた時期そのものが異なっているからだ。コミックストリップに関しての研究は古くは40年代から存在し、Coulton Waughの『The Comics』などその頃からまじめなアートフォームとして研究の対象とされてきた。いっぽうコミックブックの研究は50年代半ばのコミックスファンダム形成とともにファン主導ではじまったものであり、現実問題として90年代も後半になるまでコミックステーマの「Book」として出版されるものの主流は批評や研究書ではなく、Mike BentonやRon Goulartのようなコレクターやマニアがコミックスファン向けに書いたガイドブックの類だった。現在ではコミックブック論の先駆とされるJules Feifferの『The Great Comic Book Heroes』(1965年)も基本的にはノスタルジックなファン向けのエッセイである。私見ではコミックブックをおもな対象とする「Comics」をテーマにしたアカデミックな研究書が急増したのは98年ごろからで、以降Amy Nyberg『Seal of Approval』、Matt Pustz『Fanboy and True Believers』、Jeffrey Brown『Black Super Heroes』辺りを皮切りに2000年代に入るとアカデミックな研究書の出版が急増する。
以後のこうした動きを準備したと個人的に目しているのが先に挙げた三冊であり、こういうものが出てきた背景としては1986年からのコミックスブーム、イギリスでのカルチャラルスタディーズの流行とそのアメリカへの輸入、アメリカンスタディーズへの関心の高まり、インターネットの普及などに伴うメディア論と新しいコミュニティー論への社会学方向での需要辺りがあるんじゃないか、という仮説を個人的には立てている。まあ、その辺専門知識がないので仮説以上のものになるとも思っていないのは上記した通り。

そしてここに挙げた90年代アメリカのアカデミックなコミックス研究のメルクマールになったと思われるほとんどのものがじつは同じ出版社から発売されたものなのである。
それが現在のアメリカのコミックス研究の礎を築いたともいえる出版社University Press of Mississippi(UPM)だ。
最近得た重要な知見のもうひとつがこのUPMにおけるコミックス研究ラインの成り立ちを当事者が語ってくれたJeet Heerのブログエントリ「The Rise of Comics Scholarship: the Role of University Press of Mississippi」だった。